2013年09月15日

パラグライダー第2弾、モンブラン!

1239547_508426102583816_500853686_n.jpg先週末の金曜日夕刻、本校の事務所前ピロテイーである記者会見が開かれた。先月、富士山からパラグライダー飛行を成功させた浅野君の第2弾、モンブラン山頂からのフライト成功記者会見である。学校の部活ではなく、個人的な修行の末の成果であるが、日本人として最年少記録であることは言うまでもなく、「夢にチャレンジする」彼の偉業を正式に世間に報告することは重要な意味があった。

「性格雄大で真摯な男子の育成」が本校の建学の精神なのだから、これほどドンピシャな事例もないだろう。甲子園の野球だけではなく、様々な意味で在学中の仲間や未来の後輩や2万人以上のOB諸氏へも激励になる偉業と言える。

唯、正直言うと僕はモンブランはまだ先だと考えていた。何しろ2学期が始まっていたし、浅野君はパラの修行は積んでいたが雪山の技術は十分でなかったからだ。しかし、富士山から飛んだ彼は、その勢いを持ってフランスへ飛び、現地で山岳ガイドの訓練を受け、高度順化もして、晴天の機会も得て一気呵成に大記録を達成してしまった。若いということは恐ろしいものだと舌を巻くしかなかった。

記者会見では校長やパラ指導の川地さんに囲まれながら、目をキラキラさせながら記者の質問に答える浅野君は頼もしい限りだった。それとは対照的にお母様は若干神妙な表情で会見の成り行きを見つめていた。唯、そのお母様とも「おめでとうございます!良かったですね」と挨拶に行った所、「ありがとうごいざます!」と抱き付かれんばかりの感激ぶりだったのが印象的だった。

1231481_508413912585035_1173177794_n.jpgかつて山岳部の顧問であった僕は、もし、現在も山岳部があればこの日の浅野君の記者会見が更にフォーマルにサポートできたのにと若干残念な部分もあった。しかし、いずれにせよ、一大殊勲であることは間違いなく、僕にとっても嬉しいこと限りがなかった。

「私も3年前にモンブランに登りましたが、まさか、その山頂からパラで飛ぼうとは考えてもみませんでした。それをやってのけた彼には最大級の賛辞を贈るとともに、今後の彼の活躍をしかと見届けてゆきたいと思います」そんなコメントを胸の中で繰り返しながら、教え子の晴れ姿を見守ったのであった。
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2013年08月16日

やったぜ!富士山からパラ・フライト!

今日は野暮用で出勤していたのだが、帰りの電車内で留守電を聞いて驚いた。何と教え子の高校3年生が、富士山の山頂からのパラグライダー・フライトに成功したからだ。これは最年少記録となり、夕方に下記のように、ネット(東京新聞)で先ず紹介された。

『神奈川県鎌倉市に住む私立横浜高三年の浅野暢来(いたる)君(18)が十六日早朝、富士山頂から静岡県富士宮市の朝霧高原までのパラグライダー飛行に成功した。

 日本ハング・パラグライディング連盟によると、富士山頂からの飛行では世界最年少記録。浅野君は本紙の取材に「普段は目に見えない景色が飛び込んできて新鮮だった。雲が自分の下に見える感覚は初めて。記録を達成できてうれしい」と喜んだ。

PK2013081602100156_size0.jpg 十五日午後八時、富士宮口五合目(標高二千四百メートル)を出発。重さ二十キロあるパラシュートの装備品を担いで登り、十六日午前零時に山頂に到着した。午前六時十五分に飛行を開始し、三十分後に十二キロ離れた朝霧高原(同七百メートル)に着陸した。

 飛行中に後ろを振り返ると、朝日が富士山頂部と重なる絶景が見えたという浅野君。「次は七大陸最高峰の一つ、モンブラン(フランス)に挑戦したい」と夢を語った。』

彼は自転車部に所属していたのだが、いつしかパラグライダーの修行を積み、華麗なる冒険野郎への道を歩みだしていた。2年間にわたって教えていたのに、気づかなかった自分が情けないが、実は夏前にお母さんから話を聞いていたのだった。

次の目標はモンブランと聞き、かつて僕が50歳を記念して登ったモンブランを目標にしてくれたのかと嬉しかった。「青は藍より出でて藍より青し」という諺があるが、彼の今後が本当に楽しみだ。正直言って、冒険家の教え子が生まれることほど、嬉しいことはない。東大に入らなくても、富士山から飛んでみせた、そのチャレンジに心から大きな拍手を送りたい。

甲子園で健闘&進化を続けている野球部をも激励する、ゴッドニュースとなったことは間違いない。後は、この映像をTVで見たいと願うばかりだ。


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2013年05月28日

タニタの社員食堂

969028_452841518142275_172495411_n.jpg映画のタイトルであり、話題になった社員食堂である。体脂肪計メーカーの社員が太っていては説得力がないということで、社員自らダイエットに取り組むという実に涙ぐましくも楽しく切ないストーリー。しかし、御存じのとおり、これは大きなインパクトがあった。勿論、この映画を見ていた自分にもexclamation×2

今年の健康診断で、やはり最大の問題は血圧だった。元来、高めで140くらいは普通なのだが、今回は180となってしまった。「なってしまった」というと昨年はもっと低かったようなイメージになるが、実は昨年も180あったのだ。以前に「心臓が大きい」と指摘されたことがあったが、大きめの心臓で血液が多く血管に送り出されているとしたら、やはり血管のダメージが大きくなるに違いない。頭痛があったり、スポーツクラスで時折「キレる」ことも、やはり影響がないわけではないだろう。

う〜む、ここは映画で栄養士役だった優香のアドバイスを聞き入れて、アルコールや塩分を控えることにしようか。そう思って一晩ビールを抜き、休肝日としたが、今夜はまた飲んでしまったふらふら

264570_451141664978927_2088122979_n.jpgまあ、200を突破しないうちに、何とか改善していきたいものであるわーい(嬉しい顔)
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2012年11月04日

北のカナリアたち

文化の日の昨日は、女房と吉永小百合主演の「北のカナリアたち」を見た。かつて旅した利尻・礼文・稚内が主な舞台ということで、それだけでも見逃せない映画だった。そして、期待にたがわず雪の利尻富士が実に美しくて感動した。また、その利尻富士が見える岬の分校は、パンフレットによれば特別に制作されたものであり、撮影の木村大作さんが坂本監督に提唱したらしい。

74701_358952170864544_1454548218_n.jpgそれにしても、高倉健(「あなたへ」)といい吉永小百合といい、演技というより、その人の生き方全てが出ている俳優という気がする。教え子に石を投げられ、額から血を流した吉永小百合はやはり今回特別な想いで撮影に臨んだのだろう。しかし、人質を死なせてしまった警官(仲村トオル)を愛してしまう彼女は、かつて離れた島に戻って教え子たちを訪ねて一人ひとりと向き合う優しくて真摯な教師役を無理なく自然に演じている。

どこかサスペンス風の謎解きにも満ちた作品だったけれど、人は人によって癒されるものだと感心した。殺人犯の教え子に、海で亡くなった夫の最期を聞かされて、やはり吉永小百合は涙しながら癒されたのだった。そして、殺人犯の信ちゃんもかつての仲間と再会して泣いて歌うのだった。

期待にたがわない作品だったし、久々に見た吉永小百合のキスシーンに驚いたりした。雪の利尻山の長大な雪稜を見ながら、自分も「帰ってきたのだ」と一人合点していた。
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2012年09月12日

路傍の花

207894_339155939510834_1105288169_n.jpg日中の暑さは、まだまだ続く。今日は妻の通院に同行したが、昼下がりの高尾はしんなりと暑かった。駅中の喫茶店で待ち合わせをして、線路沿いの小路を二人で歩く。ふと見ると、生垣に可憐な花が咲いていた。木陰に咲いたその花に、どこか魅かれた。

思い起こすと、初めて高尾の病院へ行ってからもう1年になるのだった。現代人の誰でもがなりうる心の病、眠れなくなって疲弊し、自分を責めるような日々は大分昔のことになったが、まだまだ大きく回復したとは言い難い。自分に出来ることは、唯、寄り添うことだけかもしれない。

妻と二人、とぼとぼと歩く小路。それは決して哀しいものではなく、どこか飄々と風が吹くような時間だった。




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2012年08月26日

1勝1敗!決勝リーグ進出はならず。

376728_332608953498866_2040958386_n.jpg今日から始まった団体戦。参加36校が3校づつ12のブロックに分かれて、予選リーグをおこなった。うちは盛岡第二高校と湧谷高校(宮城)とのIブロックで、1勝1敗の成績で残念ながら決勝リーグ進出はならなかった。

しかし、いずれも先鋒のMが落ち着いて自作の短歌を説明しながら良いスタートをみせ、続く中堅のHが無難につなぎ、大将戦へと展開していったのには少々驚いた。皆、緊張していたというものの「想定外」の大健闘と言って良いだろう。いずれの歌もストレートなもので、身の丈にあったフレッシュな感じがして好感が持てた。最初の試合が14時ということもあり、昼食後に一度盛岡劇場の外へ散歩に行ったのが良かったかもしれない。

486473_332720713487690_814913709_n.jpg夜は東日本ホテルで交流会が盛大に開かれ、生徒達はわんこそば大会で大いに盛り上がった。これは3人がリレーでつなぐ早食い大食い大会で、途中までうちが47杯でトップであったが、結果は盛岡の学校が58杯で優勝exclamation×2うちは4位タイであった。

明日は、決勝リーグや個人戦の結果発表、更に敗者復活戦も予定されている。元々敗者復活で初出場を決めた我々だが、明日ももう一度そういう機会があるかどうか、これはまあ短歌甲子園の神様が決めることだろう。
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2012年08月24日

いよいよ開幕!

この夏最大のexclamation&questionイベントイベント、短歌甲子園が遂に開幕したexclamation×2高3のトリオを率いての初出場は、一体、どうなることやら。乞う、ご期待わーい(嬉しい顔)

284965_332356476857447_1280680171_n.jpgそれにしても、各校のメンバーと引率者が丁寧に紹介され、その後に各校のプラカードを持っての組み合わせ抽選会はなかなかの見物だった。全国から36校が集まったが、我々は神奈川の代表として恥ずかしくないようにベストを尽くすのみである。

開会式後の引率者ツアーでは、岩手山や北上川、啄木記念館や歴史博物館などを巡った。小雨が降った後は心持ち涼しくなり、姫神山に虹がかかっていたのが何とも麗しい光景であった、また、何とも言われぬ吉兆のようにも感じられた。

さあ、明日は午前中からいよいよ団体戦がスタートする。欲を持たずに、一つ一つ丁寧に取り組んでいきたい。遅くなった夕食はメンバー全員で盛岡冷麺と焼肉を食べて、明日からの健闘を誓うのだった。
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2012年07月31日

短歌甲子園

早いもので、今日で7月が終わる。この間、高校野球は残念ながら準々決勝で敗退し、恒例の全校応援も無かった。そして、あらためて我々は気づかされた。そう、勝ち続けることの難しさをふらふらexclamation×2

435.jpgさて、野球の甲子園は終わったのだが、一方あらたな甲子園が待っていた。というのも、岩手県盛岡市で開催される第7回全国高校生短歌大会(通称・短歌甲子園)への出場が決まったのだ。実を言うと、予選は書類審査で行われ、今月上旬に「残念ながら落選」の通知を受けていた。その後、夏休みに入り、夏季講座で出勤していた僕に一通の電話がかかってきた。「先日ご連絡をした短歌甲子園ですが、辞退校が出ましたので是非代わりに出場をお願いしたい」とのこと。何となくそんな筋書きを予想していなくもなかったが、まさか現実になるとは思わなかった。ついつい、電話を持ったまま笑い出してしまった。その後、大会に応募した生徒たちと相談をして、あらためて仕切り直しの大会出場が決まったのだった。

盛岡は青春の歌人石川啄木の生地であり、今回も啄木没後百周年という記念大会となっている。そして、勿論、大震災の被害を受けた東北の復興を支援する大会でもあるのだ。高3のメンバー3人は理系のクラスであるが、昨年夏の宿題(高校文芸コンクール用の作品作り)の中で短歌を作り、かつ、大震災にもふれた作品を詠んだ生徒たちであった。はからずも同じクラスの3人組となったが、いずれも大人しめだがユニークな面々で「これは面白そうだ」と先ず僕自身が入れ込んでしまった人選となった。

参考のために送付されてきた昨年度の報告書やDVDなどを見ると、どこの出場校も文芸部や同好の士がメンバーとなっており、我々のように普段の授業の一環として応募して出場を決めたチームはなかなかないということも分かってきた。よし、それなら先ずは乗り込んで経験してみようではないかexclamation×2そこから何かが生まれてくるに違いない。細かいことは気にせず、頭に浮かんだ短歌を精一杯読み上げてくれば良いのだ。

野球の甲子園は常連だが、短歌甲子園は文字通りの初出場となる。結果はどうあれ、生徒たちとの盛岡行きは、僕自身大いに楽しみとなってきた。かつて、山岳部を率いていた頃の躍動感が蘇ってきたexclamation&questionようだ。

どうぞ、皆さん、土産話をお楽しみにexclamation×2わーい(嬉しい顔)

ps、ちなみに学校のHPにも掲載されています。
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2012年07月16日

明日、咲くサクラ

今日は、久々に青年劇場の芝居を新宿へ観に行った。実は前作「臨界幻想」を観られなかったので、今回は是非とも観ておきたかったのだ。感想は、とても素晴らしかったexclamation×2いつもの紀伊國屋ホールやサザンシアターではなくて、劇団のスタジオで行う企画モノであるが故に、すぐ目の前で俳優の熱演が観られて興奮した。というより、自分も演じての一人であるような錯覚を覚えた。以下は、その劇団の掲示板に寄せた僕の感想である。

582132_319178904841871_424592387_n.jpg「外は酷暑でも、スタジオの中は別世界。先ず、何と言っても舞台の素晴らしさに驚かされた。クロスする2本の花道と巨木、そして、ベンチというシンプルさ。特設観客席のお客さんまでが、何だか背景のような感じがしてくる。おまけに、僕の席は前列1番のかぶりつきで、手を伸ばせばすぐそこに吉村さんや真喜志君がいる。まるで、自分も演じての一人であるかのような錯覚を覚えた。そして、この迫力!何だか、大家族の生の親子喧嘩の一部始終に巻き込まれてしまったような感覚だった。

ところで、マキちゃんをひたすら待つ真喜志君や吉村さんが、実は人間ではないことに気づくまで少し時間がかかった。山田牧場の住人だと思っていたのは、まさしく住畜だったのだ。吉村さんたちが手に入れた「自由」とは、あの大震災ではからずも放擲されてしまった運命に他ならなかった。そんな彼らが、牧場のオーナーや飼い主のマキちゃんをひたすら待つという。その「明日」とは、一体何だったのだろうか。

ステージの一隅には季節を表す花が飾られ、四季(時)の移ろいが表現される。時折、暗転したステージの天井には北斗七星を始め美しい星が瞬く。そして、常に彼らを見守るサクラの巨木(僕には屋久島の縄文杉に見えた)。大自然の中で彼らの命もまた移ろう。ラストでモモとタローが赤ん坊をあやすシーンが出てくるが、そこに一つの答えがあるかのように思えた。奇しくも原発NO!十万人集会の日に、前作「臨界幻想」を観られなかった僕は、今日ここで原発に対する演劇での美しい抗いを観た。」

ステージの最後に撒かれた桜の花びらが、僕の上にも降りかかってきた。その美しさと儚さに思わず、すくっては胸のポケットに入れた。酷暑の観劇の想定外のお土産となった。




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2012年05月29日

ラムネで乾杯!

一昨日、好天に恵まれて新緑の高尾山へ行って来た。しかも、同行は日頃息子がお世話になっている家庭教師の大学生。初めての楽しいデートとなった。

彼は鳥取出身の1年生で、週に一度数学をメインに息子の勉強を見て貰っている。一人息子にとってはまさに兄貴分のような存在で、こちらも大いに感謝している。言ってみれば、日頃の感謝の意を込めての「慰労ハイキング」というわけだ。いつもの6号路から稲荷山コースを経てダイレクトに山頂に立ち、少し雲がかかってはいたが、美しい富士山を見せることが出来た。彼も「綺麗ですね〜exclamation×2」と感嘆していた。

543648_294043247355437_100002492925478_637983_860254734_n.jpg山頂の大見晴亭でざる蕎麦&おでんで一息付いた後は、小仏城山まで足を伸ばした。さすがに、ここは人も少なくなり、静かな山が楽しめた。新緑も目に染みて、吹き抜ける風も爽やかだった。城山の茶屋では、これも初めての経験だがラムネで乾杯となった。そう、彼はまだ未成年なのだ。尤も、高尾山では瓶ビールをコップ1杯付き合わせていたのだが・・。

タオルを首に巻いて、ラムネを美味そうに呑む彼は実に爽やかで、どこか自分の息子のようにも思えてきた。「なかなか頑張ってますよ」等と息子の話を聞くと、「そうかいexclamation&questionわーい(嬉しい顔)」と無性に嬉しくなってしまう辺りは、本当に親馬鹿ちゃんりん蕎麦屋の風鈴である。

帰りは相模湖へ下り、天下茶屋で一浴。相模湖駅前の「かどや」に寄り道して帰宅した。幸せな1日となった。
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2012年05月14日

福島・復興支援ハイキング

540296_285493814877047_100002492925478_616846_444886098_n.jpgきっかけは、福島・川俣出身の岳友Fの誘いだった。福島で被災した方々の心を癒そうと、地元の福島でハイキングをしようというものだった。それも登山というよりは、もっと軽めでお話をしながらゆっくり歩けるルートをFはしっかり選んでいた。そして、僕にも手伝って欲しいということになった。

第1回は土湯温泉近くの男沼(おぬま)と仁田沼を訪れ、水芭蕉やカタクリを見ようというものだった。彼は神奈川県の逗子在住だが、わざわざ八王子まで車で来てくれて、もう1人の助っ人と一緒に夜行で福島へ向かった。

現地では福島駅で浪江町で被災された60代のご夫婦と落ち合った。そう、記念すべき第1回は2名の参加であった。幸い、車に余裕があったので、5人一緒に車で土湯温泉へ向かった。

天気は良く、新緑が目に鮮やかであった。僕自身、今回の沼は初めてであり、水芭蕉も大いに楽しみだった。残念ながら、水芭蕉は終わりかけていたが、カモシカにも出会い、ヤマツツジも咲き、二つの沼は湧水を得て美しく光り輝いていた。浪江のご夫婦も「新緑が目にしみますね。つららが溶けるように、癒されます」と喜んで下さった。本当に嬉しかった。

579407_285495331543562_100002492925478_616852_616554435_n.jpgまた、この日は母の日でもあったので、セブンで求めたものであったが、お菓子の入った母の日グッズをプレゼントし、助っ人の彼女にもカーネーションのようなシュシュとチョコをプレゼントした。二人とも喜んでくれて、雰囲気は一気に盛り上がった。

浪江のご夫婦は津波で家を失い、現在は借り上げのアパート住まいをしている。あまり外出もせず、他の方との交流もないので、今回のハイキングに期待して来られたのであった。その期待に少しだけ応えられたかなと思えた。

来月は安達太良山の遊歩道をのんびり行こうと計画している。今回のご夫婦や新たな仲間が増えると良いなと思いつつ、眩いばかりの新緑の沼にあらためて目を向けるのだった。
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2012年04月03日

残念無念のエイプリルフール!

548651_256833647743064_100002492925478_546016_1235964580_n.jpgいやあ〜、残念無念ふらふらexclamation×2

三塁ランナーがホームベース踏まないはずはないだろうちっ(怒った顔)
審判よ、しっかりしてくれ〜exclamation×2
渡辺監督があれだけ抗議するのを見たことがないぞ〜exclamation×2
老監督をあんなに怒らせてどうするパンチ

しかし、その1点があっても3−4。
勝負は勝負ということで、
また、夏に出直そうexclamation×2

ハマッコは明るく陽気でさっぱりしているのだわーい(嬉しい顔)

556983_257409037685525_100002492925478_547806_699339971_n.jpg今日は気分転換に初狩の高川山へ行って来た。
山頂で白い富士山を見ながら、
静かで豊かな山に感謝した。

さあ、明後日から新学年がスタートする。
またまた波瀾万丈の気がするなあ・・わーい(嬉しい顔)

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2012年03月20日

友人Yを送る!

昨夜は山下公園近くのレストランで、同僚の送別会があった。最近、定年を祝う会がすっかり定着してきたが、彼はまだ51歳。思いあっての退職で、新たな道を行くのである。寂しさと悔しさとそれでも新たな門出を祝福しなければならない思いで、胸中は苦しいものがあった。手放しで「おめでとう!」とは言いづらい面もあったが、彼を慕う面子の愉快で温かい思いが満ち溢れて、終わってみれば実に素晴らしい会となった。

resize0022.jpg彼は同じ川崎出身で教科も同じことから、どこか自分のもう一人の弟のように思っていた。直情型で頑固で出来の悪い兄に比べて、彼は冷静で知的で思いやりがあり決して偉ぶらない男であった。最期の挨拶でも、若くして職場を去った仲間を思いやったり、講師でがんばっていたり、再婚した仲間への祝福や激励も忘れない、謙虚で優しい彼であった。特に「苦しいときでも、どうぞ互いに声を掛け合って、素晴らしい学校にしていってください」という言葉が胸に残った。「一生懸命仕事をすればするほど、辛くなるのはどこか可笑しいですから」、それはそのまま彼の正直な思いなのかもしれない。

resize0024.jpg実は僕も彼への餞の挨拶をしたのだが、いろいろな思いが混ざり合い、しかも酔いも手伝って一足先に船を下りてしまう彼を少々責めることになってしまったかもしれなかった。しかし、それももう終わった。今は、彼の未来に幸あれと願うばかりである。そして、彼の分まで残った僕らは歩き続けていこうと思った。
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2012年02月19日

つみきのいえは、

「記憶の階層」だったexclamation×2

404524_230894180337011_100002492925478_478676_116991556_n.jpg地元の夢美術館で何気なく目にし、何時の間にか目に大汗をかいてしまった。僅か24分の物語。国際アニメグランプリを受賞したことで話題になった作品は、しかし、おじいさんが主人公の一風変わった作品だと思い、DVDまで求めながら一度も見ていなかったのだ。それが、今日、全く偶然に「加藤久仁生展」に行って見たのだった。

それは、どこか不思議な家だった。海面がどんどん上がってくるので、レンガ造りの家はにょきにょきと上へ上へと伸びていく。お爺さんは、或る日パイプを海へ落としてしまい、酸素ボンベを背負って自分の家を下へ下へと潜っていくのだった。そして、その一つ一つの部屋でかつての記憶と再会していくのだった。

病気のお婆さんと過ごした部屋、娘夫婦と一緒に家族写真を撮った部屋、初めて娘が彼氏を連れてきて結婚したあの時、そして、学校へ行く娘を見送ってた部屋、生まれてきた娘が若かったお婆さんとつみきで遊んだ部屋・・。やがて、海底に着くと、そこではまだ海底でなかった頃の記憶が蘇る。幼なじみだったお婆さんと遊び、やがて結婚し、二人で初めての家を造り、そして赤ワインで乾杯した。そして、そんな愛すべき記憶と再会しながら、お爺さんは、また一人で赤ワインを飲むのだった。

427519_230906503669112_100002492925478_478697_2051073612_n.jpgところで、僕の目は、信じられないくらいに大粒の汗で溢れた。胸が苦しくなって、危うく声を上げそうだった。見れば、前の方に座っていたおばさんも目頭を押さえていた。偶然出会った「つみきのいえ」は、実は出会うべくして出会った素晴らしい作品だったに違いない。不覚にも二度続けて見て、完全に「してやられた」。

帰宅してからも余韻が残っていた。そして、かつて求めたDVDを探し出し、封を切って再度見てみた。そして、また、目に大汗をかいた。ふと、窓が朱に染まっていた。ベランダへ出ると現代のつみきのいえの向こうに綺麗な夕日が沈みかけているのだった。
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2012年02月07日

軍曹さん

こんなこともあるのだexclamation×2と、つくづく不思議に思ってしまった。

resize0091.jpg昨年末北横岳で遭遇した、旧陸軍の軍服を身にまとい、輪かんじきを背嚢にくくりつけて登場した「軍曹さん」から、コメントが寄せられたのである。そのハンドルネームから、ひょっとしたら怪しいサイトの迷惑コメントかなと思って見てみると、そこには思いがけず嬉しい「軍曹さん」の言葉が確かに見出された。

「あの後、天狗岳に行きました。次にお会いしたときには203高地ですかなどと声をかけて下さい」

ところで、その時のブログの記事には残念ながら「軍曹さん」の写真は登場していなかった。記事だけの紹介だったのだ。そこで、あらためてここに「軍曹さん」を紹介することにしようexclamation×2どうぞ、皆さんも、どこかで「軍曹さん」を見つけたら、一言、声をかけてあげて下さいわーい(嬉しい顔)
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2012年01月04日

1枚のハガキ

386031_200981219994974_100002492925478_407917_565178012_n.jpg新春映画第一弾は、これexclamation×2

実は年末に源氏物語を見た際に予告編でやっていたのを見て、次回はこれだと決めていたのである。新藤兼人監督作品で、予告編の中で氏が「人生の最後に一番良いのができた」と語っていたのは、全くその通りだった。

戦争の愚かさと惨さを、人生のくじになぞらえて熱く描ききる。主演の大竹しのぶとトヨエツが熱演exclamation×2 第一弾にふさわしい感動を得た。

1枚のハガキ、1粒の麦、一度で終わらない人生のくじ・・。

残念ながらリクエスト上映で6日まで。八☆子近辺の方は是非ご覧下さい。損はしませんよ。

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2011年12月24日

墓参

昨日は寒い1日だったが、夏に亡くなった大学の恩師の墓参へ行ってきた。四谷の駅前にある大きな教会だが、地下に納骨堂があり、イエズス会の神父さん方の場所があるのだ。集まったのは教え子11名で、自分も初めての納骨堂への墓参となった。

resize0064.jpg信徒会館の地階に広がるスペースは「クリプタ」と呼ばれ、かつて麹町教会と呼ばれた頃からの多くの信者の納骨堂となっているのである。そして、その中のイエズス会のスペースは驚くほど僅かなスペースで、恩師の名前は1枚のプレートに書かれてあった。全く拍子抜けするほどささやかなものなので、その銀色のプレートを指で幾度もなぞりながら、手を合わせて先生の天国での平安を祈った。

終わってからは教会前に設えてある馬小屋の前で記念撮影をし、昼食をかねて「しんみち通り」で3時間ほど偲ぶ会を開いた。その場に、当の先生ご自身が居ないのが信じられないほど、いつものように心安く語り合い呑んだ。そして、先生のクリスチャンネームであるアッシジのフランシスコの「平和を求める祈り」を、仲間の一人が持参してくれてみんなに配ってくれた。

resize0067.jpg「わたしをあなたの平和の道具としてお使い下さい」に始まり、「わたしたちは与えるから受け、許すから許され、自分を捨てて死に、永遠の命を頂くのですから」と結ばれており、まさしく先生が僕らと過ごした日々の中で、先生が自ら示した下さった姿であったなと実感した。

15時にはお開きにしたが、外へ出ると冬の風が冷たかった。しかし、今日の集まりをきっと先生が喜んでくれているような気がして、僕らはそれぞれ四谷駅を後にしたのだった。
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2011年10月30日

はやぶさとミーガ

この所、映画付いているかもしれない。先週に引き続き、今日は地元の八☆子ニューシネマで「はやぶさ」を観た。打ち上げから7年、幾度もの困難を乗り越えて、太陽系の小惑星イトカワから微粒子をサンプリングし、見事に地球に還ってきた探査機である。しかも、自らはサンプリングケースを別途放射した後、大気圏突入時に文字通り燃え尽きてしまうというラストである。

DSC_0357.JPGそんな日本が世界に誇る「はやぶさ」のドラマは、西田敏行や竹内結子、佐野史郎や高島兄、鶴見辰吾などによって随分と分かりやすく、しかも感動的に仕上がっていた。いや、そもそも7年間の宇宙の旅を終えて帰還した、その事実だけでも十分に感動的なのだ。「はやぶさ」は人間ではないけれど、映画の中では「僕は、ここにいるよ」などとセリフが与えられ、何とも手に汗握り、時にはそのあまりの科学技術的な興奮に目に大汗をかくはめになった。しかも、「はやぶさ」を巡る人間のドラマも一緒に描かれている。

竹内結子扮する主人公の水野恵は、「はやぶさ」を巡る複数の人間のドラマを一つにして創り上げられたキャラクターである。しかし、小さい頃死別した天文好きの兄の影響で科学者への道を志す彼女には、「何のために宇宙科学をやるのか」という根本的な命題を常に突きつけられている。それは、研究所の先輩や母からも、時に応じて発せられる質問だ。そして、彼女は最終的に「宇宙が好きだから」という極めてシンプルだが重要な、そして唯一無二の答えを自分で探し出す。古本屋でバイトをしながら博士論文を書いている彼女の姿に、随分昔の自分の姿を、少しだけ重ねた。

研究者にはなれなかった自分は、今も「学校」を卒業できずに日々奮闘している。いや、あくせくといった方が良いかもしれない。そして、未だに「どうして、勉強するのか」という問いに、これぞという答えを与えることができないでいる。しかし、これだけは言えるだろう、「幸せになるために」と。

帰宅して、「はやぶさ」のパンフの上に、ミーガの水槽(プラスチックの箱)を置いてみた。そこには、宇宙を健気に遊泳するガメラのようなミーガの姿があった。歩みは遅くとも、幾度挫折しようとも、まだまだ立ち止まるわけにはいかないよ。そんな声が聞こえてくるようだった。


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2011年10月24日

ツレうつ

昨日は立川で映画を観た。そう、「ツレがうつになりまして。」というタイトルだ。本当は二人で観たかったが、休日に人気の多い所へ出向くのが億劫だった妻の代わりに偵察をしてきた。やがて、「コクリコ坂」を観た地元の小さな映画館にもやってくるだろう。そしたら、今度は50代夫婦シルバー割引1000円で観ようじゃないかexclamation×2

DSC_0341.JPGさて、ネットで予約してチケットを機械で発券してからはいつものZEROラーメンを食し、山の店も冷やかして万全の体勢で臨んだ。そうそう、コーラ&パンフも忘れない。スマフォの電源だって、ちゃんとOFFにしたのだ。

して、その感想はexclamation×2先ずは境雅人と宮崎あおいのコンビが絶妙だった。うつになってしまうのは旦那の方で、しっかり者の漫画家の女房はあれこれと気を配るのだが、この二人のやりとりが何とも自然で微笑ましかった。また、「弁当が作れなくなっちゃったよ」という真面目な旦那のセリフに思い当たることがあった。そう、うちの妻も食事が作れなかったし、台所を始め部屋の片付けもできなくなってしまったからだ。

しかも、クリニックに通いながら「サイレース」という睡眠導入剤が出てくるのだが、これも全く同じだった。ズバズバとキラーパスを出されながら、僕は何時の間にか映画の夫婦に自分を重ねていった。そして、所々で目に汗をかいたり、思わず吹き出したりするのだった。

映画の中の高橋(はしご高)家には子供が居ずにイグアナとカメが出てくるが、このカメを購入するシーンを観ていて、つい最近ペットショップでミドリガメを購入した僕はあまりの偶然に驚いてしまった。うちのカメは「ミーガ」という名前だが、映画の中のカメは「チビ」だった。そのカメは「自分が情けない」と言って布団にくるまって「シクシク」と泣く旦那の象徴でもあった。随所に出てくる、奥さんのマンガがまた癒される。そのマンガがやがて本になり、かつて旦那を散々に苦しめた顧客の「できない」さんが、「この本を作ってくれてありがとう」と言うあたりは、さらに目に汗をかくのだった。

あまりネタばれしてもいけないので、このあたりにしておくが、いい映画を観たと心の底から思えた。そして、教会の中のシーンにかつて僕も誓った言葉が出てきていた。「健やかなるときも、病めるときも」、二人は一緒であるのだと。「健やかなる」ときが難しかったり気づかなかったりする毎日で、「うつ」になるのはそれなりの意味があるのだろうし、きっと、神様はいい機会を与えてくれたのだろう。

多くの忙しい人に観て欲しい映画であり、夫婦で観る映画のランキング1位(現在の所)といって良い映画だと確信したわーい(嬉しい顔)

posted by sotoyan at 20:43| Comment(0) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

原村ペンションと八子が峰

resize0037.jpg行きのアクシデントも何のその、茅野駅には1時間半遅れで到着。今年の4月からペンションを始めた仲間が、しっかり待っていてくれた。

先ずはペンションへ行き、ご家族にも挨拶し、原村ペンションビレッジの周辺を散策する。文化農園や農業大学校、もみの湯にも入って、ペンションでご馳走を頂く。こじんまりとしたステキなペンションに思わず自分も将来はなどと思ったりする。ビールにワインで話が尽きず、僕と先輩は第1号の客として大歓迎されたのだった。

翌日はまずまずの天気で日もさしてきた。白樺湖まで車で送ってもらい、八子が峰を歩く。正面には蓼科山と八ヶ岳がずっと見えており、中でも一際聳える赤岳や阿弥陀岳が美しい。このコースが夏のハイキングコースであり、昨夜お世話になったペンションが本場の宿になるという計画なのである。

下りは女神茶屋でなく親湯に下り、露天風呂で一浴であった。ペンションの最初のブームは30年くらい前だろうが、今は定年後の遊びや定住の場として新たに見直されているようだ。久々の八子が峰と原村ペンション、別の意味で刺激を受けた下見山行となった。






posted by sotoyan at 20:30| Comment(2) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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