2012年07月31日

短歌甲子園

早いもので、今日で7月が終わる。この間、高校野球は残念ながら準々決勝で敗退し、恒例の全校応援も無かった。そして、あらためて我々は気づかされた。そう、勝ち続けることの難しさをふらふらexclamation×2

435.jpgさて、野球の甲子園は終わったのだが、一方あらたな甲子園が待っていた。というのも、岩手県盛岡市で開催される第7回全国高校生短歌大会(通称・短歌甲子園)への出場が決まったのだ。実を言うと、予選は書類審査で行われ、今月上旬に「残念ながら落選」の通知を受けていた。その後、夏休みに入り、夏季講座で出勤していた僕に一通の電話がかかってきた。「先日ご連絡をした短歌甲子園ですが、辞退校が出ましたので是非代わりに出場をお願いしたい」とのこと。何となくそんな筋書きを予想していなくもなかったが、まさか現実になるとは思わなかった。ついつい、電話を持ったまま笑い出してしまった。その後、大会に応募した生徒たちと相談をして、あらためて仕切り直しの大会出場が決まったのだった。

盛岡は青春の歌人石川啄木の生地であり、今回も啄木没後百周年という記念大会となっている。そして、勿論、大震災の被害を受けた東北の復興を支援する大会でもあるのだ。高3のメンバー3人は理系のクラスであるが、昨年夏の宿題(高校文芸コンクール用の作品作り)の中で短歌を作り、かつ、大震災にもふれた作品を詠んだ生徒たちであった。はからずも同じクラスの3人組となったが、いずれも大人しめだがユニークな面々で「これは面白そうだ」と先ず僕自身が入れ込んでしまった人選となった。

参考のために送付されてきた昨年度の報告書やDVDなどを見ると、どこの出場校も文芸部や同好の士がメンバーとなっており、我々のように普段の授業の一環として応募して出場を決めたチームはなかなかないということも分かってきた。よし、それなら先ずは乗り込んで経験してみようではないかexclamation×2そこから何かが生まれてくるに違いない。細かいことは気にせず、頭に浮かんだ短歌を精一杯読み上げてくれば良いのだ。

野球の甲子園は常連だが、短歌甲子園は文字通りの初出場となる。結果はどうあれ、生徒たちとの盛岡行きは、僕自身大いに楽しみとなってきた。かつて、山岳部を率いていた頃の躍動感が蘇ってきたexclamation&questionようだ。

どうぞ、皆さん、土産話をお楽しみにexclamation×2わーい(嬉しい顔)

ps、ちなみに学校のHPにも掲載されています。
posted by sotoyan at 21:43| Comment(6) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月16日

明日、咲くサクラ

今日は、久々に青年劇場の芝居を新宿へ観に行った。実は前作「臨界幻想」を観られなかったので、今回は是非とも観ておきたかったのだ。感想は、とても素晴らしかったexclamation×2いつもの紀伊國屋ホールやサザンシアターではなくて、劇団のスタジオで行う企画モノであるが故に、すぐ目の前で俳優の熱演が観られて興奮した。というより、自分も演じての一人であるような錯覚を覚えた。以下は、その劇団の掲示板に寄せた僕の感想である。

582132_319178904841871_424592387_n.jpg「外は酷暑でも、スタジオの中は別世界。先ず、何と言っても舞台の素晴らしさに驚かされた。クロスする2本の花道と巨木、そして、ベンチというシンプルさ。特設観客席のお客さんまでが、何だか背景のような感じがしてくる。おまけに、僕の席は前列1番のかぶりつきで、手を伸ばせばすぐそこに吉村さんや真喜志君がいる。まるで、自分も演じての一人であるかのような錯覚を覚えた。そして、この迫力!何だか、大家族の生の親子喧嘩の一部始終に巻き込まれてしまったような感覚だった。

ところで、マキちゃんをひたすら待つ真喜志君や吉村さんが、実は人間ではないことに気づくまで少し時間がかかった。山田牧場の住人だと思っていたのは、まさしく住畜だったのだ。吉村さんたちが手に入れた「自由」とは、あの大震災ではからずも放擲されてしまった運命に他ならなかった。そんな彼らが、牧場のオーナーや飼い主のマキちゃんをひたすら待つという。その「明日」とは、一体何だったのだろうか。

ステージの一隅には季節を表す花が飾られ、四季(時)の移ろいが表現される。時折、暗転したステージの天井には北斗七星を始め美しい星が瞬く。そして、常に彼らを見守るサクラの巨木(僕には屋久島の縄文杉に見えた)。大自然の中で彼らの命もまた移ろう。ラストでモモとタローが赤ん坊をあやすシーンが出てくるが、そこに一つの答えがあるかのように思えた。奇しくも原発NO!十万人集会の日に、前作「臨界幻想」を観られなかった僕は、今日ここで原発に対する演劇での美しい抗いを観た。」

ステージの最後に撒かれた桜の花びらが、僕の上にも降りかかってきた。その美しさと儚さに思わず、すくっては胸のポケットに入れた。酷暑の観劇の想定外のお土産となった。




posted by sotoyan at 22:38| Comment(0) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月15日

蒸し暑い風に吹かれて・・

319496_318818624877899_360494166_n.jpg久々のサイクリングはいつものように浅川沿いのコースを武蔵野陵へ向かったが、帰りはもう暫く流していこうと更に銀輪を駆った。風はあるものの、徐々に陽差しも出て来て蒸し暑いことこの上ない。ジョギングしている人たちも、手にドリンクを持っていたりタオルや帽子を被っていたりと、かなりキツそうに見えた。

さて、八王子駅へダイレクトに通じる大和田橋を過ぎると浅川もやや川幅を広げながら、それでいて静かにゆったりと流れていた。途中、京王線とJRの鉄橋を渡り、もう暫く行くとそこはもう京王線の長沼駅の近くであった。あたりは住宅街となり、かつて見たこともない風景が広がっていた。更に前進したい気持ちとそろそろ引き返そうという気持ちがぶつかりながら、今日はここで戻ることにしたのであった。

315314_318818234877938_1601542738_n.jpg再度、萩原橋まで戻り、いつも寄る中華店でビールを飲んだ時には、正直涙が出そうだった。お決まりの五目冷やし中華を食して、今度こそ本当の帰路についた。

いつもより、ほんのちょっと先までという思いが、いつしか大分先まで行ってしまったようだ。こんなことは滅多になく、この蒸し暑差から逃れるために今少し風に吹かれていようということだったように思う。また、サイクリングの後半に陽差しが出て来たことも、気持ちを高揚させた原因かもしれない。おかげで、両手に首筋、サングラス以外の部分の顔にスパッツから出ていた足の部分が真っ赤になってしまった。

しかし、何だか久々にスイッチが入った感じだった。同じ暑さでも、昨日の夢ナビライブ(東京ビッグサイトで行われた大学紹介&ミニ講座等の博覧会。全校で参加した)では感じられなかった「夏」のそれであった。

531685_318824904877271_1805035657_n.jpgどこまでも行こう♪
道は遠くても、
口笛を吹きながら走っていこう♪

なんていう古いCMソングを口ずさみつつ、自分の夏が始まった。
posted by sotoyan at 22:26| Comment(4) | 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

七夕も過ぎ・・

先週は期末テストやスポーツ大会、大学予約奨学金の推薦作業に採点、トドメは野球部の激励会など、怒濤の1週間であった。昨夜は風呂から上がって、倒れ込むようにベッドで意識を失っていた。

599421_316433488449746_483754580_n.jpgそんなわけで、今朝は久しぶりにゆっくりと寝た。いつもより1時間ゆっくり寝るだけで、こうも違うものかと幾度も思う。亀のドリーに干しエビの餌をパラリとやり、新聞をベッドの上でゆっくりと見る。ELVISの「ON STAGE」のLP盤をかけたりしながら、再び少し横になる。ああ、何という幸せexclamation×2

実を言うと、来月に引っ越しを予定している。賃貸マンション暮らしも長くなったが、そろそろ2階のある家に住みたくなったのだ。と言って、勿論、家を購入するわけではない。従来通りの賃貸で中古の戸建てに移ることにしたのだ。しかも、以前に住んでいた上野町という所である。息子が小さい頃、よく遊びに行っていた金剛院というお寺の近所である。これ以上書くと、特定される恐れがあるのでこのくらいにしておこう。先日見た映画「ホーム・愛しの座敷わらし」ではないが、家族が一緒に暮らす時間は意外と短いということに気づいたのだ。

402840_316433861783042_1165253500_n.jpg晴れ上がった夕刻は思わず着替えて、近所のF森グラウンドまで銀輪を駆った。蒼い芝が養生の甲斐あって、実に鮮やかだ。芝が陽光で明るいのに、背景の空が灰色なのが余計に可笑しい。いつものように、じっくりと準備運動をしてからドスドスと走り出す。小市民的だが、幸せな一コマと言えるのだろう。さあ、もう1週exclamation×2


posted by sotoyan at 23:09| Comment(2) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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