2008年09月30日

ラストゲーム

冷たい雨が続く。さすがに半袖ポロだけでは寒くなってしまい、今日辺りはアンダーウェアに山用の長袖を着てしまった。明日から10月、所謂「衣替え」ということで、また学ランが氾濫することになるが、そんなところが学校という現場では貴重なアクセントになるのである。


080918_1752~0001.jpgさて、最近、日本映画が面白い。先日見た「ラストゲーム/最後の早慶戦」もまた感動的だった。太平洋戦争真っ直中の1943年10月16日、その伝説的な試合は行われた。敵国のスポーツだからと禁止令が出され、東京六大学野球も中止になった時代。学徒出陣を前に、自らの生の証を野球に賭ける若者達がいた。

早稲田大学と慶応大学の野球部の学生達が、出陣前に最後の対抗戦を行うという物語。映画は早稲田大学の野球部サイドをメインに進行するが、「一球入魂」というあまりに有名な言葉を残した、早稲田の飛田穂洲(とびたすいしゅう)顧問の学生想いで熱意と迫力に満ちた姿が感動的だ。演じるのは柄本明、そして対抗する慶応の総長小泉信三役に石坂浩二。石坂自身が慶応の出身で、映画中の総長役が実にはまっている。また、何と言っても、早稲田の野球部員役で出ている渡辺大(謙の息子)と柄本佑(明の息子)という2世役者がパパそっくりの風貌で新鮮な演技を見せているのが印象的だ。


080930_2009~0001.jpgブログ仲間の雪国もやしさんではないが、年を重ねたせいか涙もろくなってしまい、もうすぐに目頭に大汗をかいてしまうから困る。実際の早慶戦のシーンでは大量のエキストラを手配するが、高校野球部の生徒は高野連の規定で駆り出すことができず、他の運動部の高校生や大学生、中学生や背の高い女性をもあてたという。ロケは何と長野県の上田で行われたというのも、どこか僕には麗しく思えるのだった。

映画館の客席には年輩の方も多く、おそらくは当時の学生達の年代の方々だろうと推察された。中には関係者、もしくはOBもいたことだろう。時折、感極まった声が聞こえたり、熱い呻き声が聞こえたのも番外の効果で、僕はますます両目の大汗を拭うことになるのだった。

戦争のない平和な時代を、決して失ってはいけない。全校応援の経験を数多く持っている僕らだけに、この映画はより一層の迫力で胸に迫ってくる。それにしても、渡辺大はかっこいい。きっとパパも、この映画を見て涙していることだろう。うらやましいぞexclamation×2


posted by sotoyan at 20:15| Comment(4) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月27日

ビッキー


P92701240005.jpg爽やかな秋の1日、初狩の高川山へ行った。ここは駅から登れる山として、高尾山の次くらいに良くでかける山なのだ。いつものように沢沿いのルートから女坂を登ったが、途中の分岐から初めて西尾根を経て山頂へ到達した。まあ、一部バリエーションということで評価したい。


P92701210003.jpgさて、1000mに僅かに満たない山頂からは360度のパノラマが広がっているが、残念ながら富士山は雲の中であった。石割山や御正体山、滝子山や三つ峠山等は良く見えている。ここでやはり出会ったのが、さすらいの老犬ビッキーである。ビッキーはいつからかこの高川山に住みつき、登山者から食べ物をもらって生活している。最初に出会った時は、頂上直下からガイドしてくれたような感じだった。その後も、数回、山頂で出会っている。


P92701190002.jpg今日も、毛繕いをしたり、近くへ寄ってくるので、弁当のエビ天の尻尾をあげたら喜んで食べていた。しかし、意地汚くはなく、その後はまた少し距離を置いて静かにしている所が、彼の良いところだ。きっと、元の飼い主の躾が良かったのだろう。いや、山で息抜くために彼が身につけた知恵かもしれなかった。


P92701230004.jpgところで、山頂には箱が置いてあり、中には自由帳が入っているのだが、今日は何とそこにペデイグリーチャム(レトルト)が入っていたのには驚いた。きっと、ビッキーのために心ある岳人が入れていったものに違いない。感心すると共に、今日の感想を手短に自由帳に記した。


P92700920001.jpg富士山は見えなくとも、高川山はいつも静かで良い山である。登山口には八幡荘という参籠があり、日帰り入浴が可能だ。高川山に登ったら、是非、ここでさっぱりされることをオススメする。気の良い老夫婦がきりもりしており、風呂上がりにビールを頼むと必ずおでん等が振る舞われる。しかも、味が染みていて大変旨い。もう1回言っておく、オススメだとexclamation×2(CM料は頂いていない。念のため)


posted by sotoyan at 23:52| Comment(3) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月26日

参ったなあ〜!

週末の金曜日、思いがけない事態が待っていた。いつものように、6時16分発の横浜線に乗るべくホームへ到着すると、次のような緊急放送が入った。「中山〜鴨居間で人身事故発生のため、横浜線の運転を見合わせますexclamation×2ふらふら

とりあえず車両に乗り込み、その後の進展を願ったのだが、どうにも運転再開の目処が立たない。時計は6時半をまわった。放送はしきりに、他のルートへの振替輸送を勧めており、どうにも埒があかない。「よし、仕方がないexclamation×2」ついに自分も決断した。

結局、中央線で立川、南武線を乗り継いで武蔵小杉、更に東急東横線で横浜へという大規模な△飛びのような振替移動を挙行した。それぞれに乗り継ぎもうまく行き、車内でも座席につけるなどラッキーな面もあるにはあったが、最後の東急が各駅停車だったこともあり、横浜に到着したのは8時を大部過ぎていた。おまけに京急も各駅が2本続き、上大岡でも特急をやり過ごすなど、その時点で残念ながら8時半の出勤時刻には遅れることが必至となった。

仕方なく京急車内から職場へ連絡をし、結果的には「交通」遅刻とあいなった。しかも、正門が近づいてあらためて、本日「おはようおじさん」の仕事があったことも思い出され、門番の同僚に「すんませ〜ん」と詫びながらの「おはようおじさん」合流となったのであった。


100shunen.jpgその後、職員室へ行ってみると、皆さして影響もなく、遅れたのは何と自分一人であったことにはまたまた驚かされたふらふら。「一体、どうなっているんだexclamation&question」まるで狐につままれたような、やや蒸し暑い朝の出来事だった。

ps、横浜線は無事100周年を迎えました手(パー)わーい(嬉しい顔)手(パー)
posted by sotoyan at 20:37| Comment(4) | トラブル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月23日

彼岸花


higanbana2.jpg秋晴れの1日、浅川へサイクリングへ行った。やはり、陽射しがあふれていると気分が良い。きっと今日辺りは、どこかで運動会や体育祭などが開かれていることだろう。さて、今日の浅川の主役は、この彼岸花であった。予想通り、コスモスに混じって土手のあちこちに、赤い放射状の花を幾重にも咲かせていた。


higanbana3.jpgこの彼岸花は曼珠沙華とも言われていて、遠目には墓標に供えられる花のように見える。葉がなく、あたかも弾けた線香のような出で立ちは、彼岸の花と言い得て妙である。


aisha.jpg時折、愛車を下りてデジカメで写真を撮りつつ、いつものように南浅川橋を経て、多摩御陵までの往復となった。陽射しはあるが、風も空気もすっかり秋のそれであった。季節の移ろいというのは実に確かなものだ。ゲリラ豪雨の多発など、温暖化の現実を目の当たりにする昨今だが、それでも季節は確実に巡る。


raumen.jpg帰宅すると、女房がラーメンを作ってくれた。帰りが遅れたので息子と先に済ませていたようだ。「彼岸花とラーメンか」、男はふとつぶやくと早速空腹を満たすために、大きな音をたてながら麺を攻略し始めたのであった。
posted by sotoyan at 16:21| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月21日

雨の日曜日

とくれば、もう床屋へ行くしかない。先週は御嶽山に行ってしまったので、行けなかったのだ。久々におじさんやおばさんと話をしながら楽しいひとときを過ごす。こういうのを小市民的な生活というのだろうか。


080921_1857~0001.jpg帰りしな、お土産ですと吉備団子を頂いた。実は、息子さんのお嫁さんの実家が岡山で、先日皆さんで行ってきたらしい。その楽しくてグルメな旅の様子は、おじさんのブログに詳しいのだが、何より「新しいご縁ができた」ことが、おじさんたちの一番大きな喜びなのだ。今まで、どれだけ僕の髪を切りながら、頭をシャンプーしながら息子さんの連れ合いの心配をしていたことか。

「いつかは見つけてきますよ。彼はしっかりしているからexclamation×2」などと僕は安請け合いをしていたのだが、いつの間にかとんとん拍子に話がまとまってしまったようだ。後は、いよいよ「初孫」の誕生を待ち望むばかりなのだが、これもまた当分おじさんの主な話題になりそうである。

それにしても吉備団子のパッケージ、なかなかモダンになったものだ。伝統の中に新しさを加えていくことの典型を見ている気がする。どうやら、この吉備団子、「人生の機微団子」ということらしい。おじさん、なかなかやるのお・・わーい(嬉しい顔)
posted by sotoyan at 22:43| Comment(7) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月20日

40年。まだこれがベストではない。

昨夜、関内の開港記念会館でコンサートを開いた、長谷川きよしのニュー・アルバムのタイトルである。10月1日にリリースされるのだが、デビュー40周年とはすごいものだ。


080920_0758~0001.jpg大学時代の友人で彼の熱心なファンがおり、昨夜はお誘いを受けて一緒にその歌声を聞いてきた。正直言って、僕は彼のことをあまり知らなかったのだが、大変感動した。その力強く繊細な歌に酔いしれた。途中15分の休憩を挟んだが、2時間があっという間であった。とても還暦を迎える人間とは思えないステージだった。

「マイ・ウェイ」の原曲である古いシャンソンの歌「コムダビチュード・いつも通り」や、これまた古い歌謡曲「公園の手品師」なども彼にかかると素晴らしい歌に変貌する。また、エデイット・ピアフの「愛の賛歌」を彼の訳詞で歌ったが、実に素晴らしかった。他にも彼のデビュー作である「別れのサンバ」をはじめ、「沈黙のバラ」「僕のピアノのそばにおいで」など、名曲がいっぱいであった。そして何より、40年間自分の歌を信じて歌い続けてきた男の凄さがひしひしと伝わってきた。

終了後はステージの余韻を楽しみながら、軽く一杯やっていったが、台風13号がかすんでしまう金曜日の夜のことであった。
posted by sotoyan at 08:22| Comment(2) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月18日

秋のお弁当

台風13号が接近しようが、御嶽山の疲れが出ようが、腹が減っては戦はできぬ。いつものおにぎり&缶コーヒーをやめて、久々に崎陽軒の「秋のお弁当」を求めた。そう、たまに無性に食べたくなるのだ。


akiben.jpg良く見ると、実におかずが豊富。人参の紅葉も手がこんでいるし、鮭の切り身もけっこう分厚い。大学芋は最後に食べると甘い味が残って、なんだかちょっぴり幸福感が増す。勿論、シュウマイもちゃんと2個入っている。僕は自分で弁当を作ったことがないが、これだけおかずを揃えるのはなかなか難しいだろう。

食欲の秋、芸術の秋、学問の秋、そして山の秋。人生の秋を生きているexclamation&question自分も、ささやかでも実りを迎えたいものだわーい(嬉しい顔)

posted by sotoyan at 21:56| Comment(6) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

木曽の御嶽(おんたけ)山

この三連休は、木曽の御嶽山へ行ってきた。それも前夜は木曽駒高原でキャンプ、登頂した昨日は「日本で一番美しい村」と呼ばれる開田高原の民宿に宿泊しての満足度120%の山旅であった。しかも、そのメンバーはかつてマレーシアのキナバル山に同行した某SWOBの皆さんで、職場のK先輩の仲間であった。


ontakesancho.jpg夏に南北の島巡りをしていて、大きな山に登っていなかった僕にとっては、久しぶりの3000m峰となった御嶽山は、やはり大きな山であった。ロープウェイを使っても、標高差約900mを登り切るには3時間がかかったし、山頂から二の池、三の池を巡って八合目へ戻るコースは結局計7時間を要した。最後は膝が大部ガクガクしてはいたが、何だか久々にうれしい痛さであった。


sanma.jpgまた、前泊の木曽駒高原オートキャンプ場は設備が良く、広くて空いており実に快適であった。しかも、買い出しをしてきた「さんま&おでん」にビール&ワイン&日本酒は、いつ果てるともない宴を心地良く演出した。おでんの残り汁(具もあった)は、翌朝のうどんになり、御嶽山アタックの大きなパワーの源になったのであった。


udon2.jpg久々に再会したメンバーは14年ぶりという方もいたのだが、皆さんあまり変わって居らず、やや太くなったり明るくなったりした程度ですぐに昔の顔に戻ってしまうから不思議である。唯、今回も一番威勢の良かったM氏が、実はガンと闘っているということだけが信じられないことであったが・・。


ninoike.jpg3067mの山頂はくっきりと晴れ上がっており、眼下に大きな火口と二の池が見えていた。そして、その背後には雲間より乗鞍岳も姿を現した。「山頂に立たなければ見えない風景がある」という言葉もあったなと思いつつ、目を細めながら憩うのであった。傍らの仲間と共に。
posted by sotoyan at 20:10| Comment(4) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月11日

日本の一番北で働く会社


photobook.jpgこと、稚内中央写真館から素晴らしいフォトブックが届いた。そう、この夏に行った利尻・礼文島のツアー集合写真である。中には、こんな手紙も入っていた。

「この度はお写真の到着おくれましたこと誠に申し訳ありませんでした。遅くなりましたがここに送付させて頂きますので、どうぞお納め下さいませ」


photobook2.jpg実を言うと、3泊4日のツアー最終日に僕は一人先に帰京したのであった。翌日からの仕事のためであったが、礼文から稚内にフェリーで戻った所で、稚内観光を残して皆さんとお別れしたのであった。従って、最後の集合写真はとれずに、また「オタトマリ沼」「スコトン岬」で撮った集合写真の注文もできなかったのだ。

その後、ツアーに参加した数人の方と写真の交換などを行い、集合写真の件を聞き及ぶに至り、どうしても2枚の写真が欲しくなり問い合わせた。その結果が今回の送付になったのだが、実にステキなフォトブックに大満足している。

それにしても、「日本の一番北で働く会社」と名乗る心意気や良しexclamationこの稚内中央写真館に心から敬意を表し、感謝の意を表したい。ありがとう、稚内中央写真館exclamation×2最北の地で永遠なれexclamation×2わーい(嬉しい顔)




posted by sotoyan at 23:23| Comment(3) | ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

おめでとう!

今日は爽やかな1日だった。湿度が低いこともあったが、吹き抜ける風はもう秋のそれだった。さて、こんな日は、サプライズがつきもの。若き同僚から、こんな爆弾発言をされた。

「来年、結婚することになりまして・・」
「なに〜exclamation&questionよかったじゃないか〜exclamation×2相手は人間かexclamation&question

P71301350001.jpg最後のセリフは胸の中にしまったが、長身の彼が腰を低くしてささやくように告白する姿は、結構可笑しかった。まあ、見た目は充分に「イケメン」なので、もっともな話ではあるのだが、この時期に話さざるを得ない彼の気持ちに、どこか懐かしいものを感じていた。

というのも、今から十数年前、僕が同じように先輩に報告したのが、やはり2学期が始まってすぐのことだったからである。その夏、僕は女房と結婚することを決意し、彼女のマンションに通っていたのであった。初めて外泊して帰った翌日、それは今でも忘れられない神奈川大会の全校応援の日で、諸般の事情で川崎球場にて行われた時だった。朝帰りした僕の顔をお袋がまじまじと穴のあくほど無言で目見ていたのを覚えている。僕は恥ずかしさもあって、そそくさと自転車で川崎球場へ向かったのだった。

そうか、やっぱり、夏なんだな。人生が大きく変わるのは・・。そんなことを思いつつ、彼の端正な横顔をしみじみと見つめ直すのだったわーい(嬉しい顔)

ps、画像はイメージです。僕の大好きな二人、石立鉄男と榊原るみ。
posted by sotoyan at 20:17| Comment(0) | ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

秋桜


P90700200004.jpg昨日、久々に浅川へ行った。この所のゲリラ豪雨のためか、川床の様子が若干変わっていたが、僕の目は土手のコスモスに向けられていた。そう、デジカメ片手にジョギングである。唯、ひたすら走り込むという年齢ではとうの昔になくなったのでexclamation&questionその時々に感じた風景を気ままにゲットするという「ながらジョグ」なのだ。


P90700070001.jpg見れば、オレンジ色から紫色、白い清楚なものまで色とりどりに咲き乱れている。この浅川のサイクリングコースは本当に気持ちの良いところで、なおかつ工業高校や小学校、保育園などが土手沿いに建てられている。そんな学校見物もしながらのんびりと手足を動かすのだ。


P90700110002.jpg大抵は武蔵陵の近くの南浅川橋までいくのだが、昨日はその手前で引き返してきた。そして、小学校前の土手でこれらの写真を撮ったのである。コスモスというと若干の切なさも感じるが、昨日はどうしてなかなか端正で気丈な美しさを誇っていた。野育ちの逞しさも見せながら・・。

るんるん野に咲く花のよう〜に、風に吹か〜れてるんるん」などという歌もあるが、芦屋雁之助さんの「裸の大将放浪記」を思い出しながら、ドスドスと走り続けるのであった。
posted by sotoyan at 22:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月07日

多摩の爆弾娘!

京王線の多摩センターで行われた恒例の夏祭り、最終日は大学対抗のバンドバトル。従姉のフォークソンググループがゲスト出演するというので見に行ったのだが、釘付けになってしまったのがこのステージだった。

この時期、AO入試(リベラルアーツ)等で有名な某OBIRIN大学のソングリーデイングの皆さんである。実はバンドバトルの「つなぎ」で複数回登場するのだが、元気いっぱい弾ける若さとキュートさで観客を魅了した。そのあまりの迫力に思わずデジカメが後ずさりするexclamation&questionほどだった。やっぱり、いいね、若さってexclamation×2わーい(嬉しい顔)


posted by sotoyan at 08:33| Comment(1) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

ニャンダ〜!


080904_1428~0001.jpg新学期が始まって、面白い光景が現れた。それは、事務所で3匹の子ネコが飼われていることだ。「飼われている」というのは実は仮の姿で、本当は「里親募集中exclamation×2」というのが正しい。何でも、学食脇のコンテナで母親の黒ネコから4匹が生まれたらしい。既に1匹はもらわれたのだが、3匹は未だである。そして、職員室にも「里親募集中」の張り紙ならぬプレートが置かれている。


080904_1425~0002.jpgそうあっては、そのニャンズたちを見なければなるまいexclamation×2と思い立ち、昼下がりに事務所へ行ってみた。そして、この写真を撮ったのだ。ちょうど、3年が帰りの時間で、数人が「ちょっと見せてくれますか」というわけで、事務所のHさんIさんと共に彼等にニャンズを紹介した。「可愛い〜〜exclamation×2揺れるハート」「飼いたいなあ〜」との言葉は決して嘘ではないのだが、諸般の事情によって「やっぱり、うちでは飼えないなあ」との返事。

分かるわかるぞ、その言葉。僕もよっぽど「一緒に横浜線に乗るかexclamation&question」と声をかけたかったが、それができないことも自明の理。「またねexclamation」とニャンズに言いつつ、事務所を後にしたのであった。

ichigokkoさんではないけれど、どなたか里親になっていただければ幸いだ。「どうせなら、学校で飼っちゃえばexclamation&question」という3年生の言葉が少しだけ頭の中でこだましている。新学期早々の想定外の話題である。


posted by sotoyan at 19:29| Comment(7) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月03日

暑いねえ・・


080903_1434~0001.jpgどうやら、仕事が始まると暑くなるらしい。朝晩はさすがに涼しくなったのだが、日中の暑さと来たら半端ではないふらふら。これで7時間もやったら、倒れるぞexclamation×2などと思いつつ、何のこれしき、どうってことないよという顔で教室へ赴くexclamation&question


080903_1130~0001.jpgそれでも、昇降口を出ると真夏の陽射し。ふと、建物の間から真っ青な空が見え、あ〜っと嘆息する。こんな時はしっかり食べて、よく寝るに限る。そう言えば、昨夜は遅かったのだ。この所、寝不足が一番応える、やっぱり、年のせいかな・・。まだまだ3日目の午後である。
posted by sotoyan at 15:22| Comment(4) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

ショック!

福田首相が辞めても、「ああ、やっぱり」と思うくらいなのだが、今日は驚いた。同僚のYが8月いっぱいで退職したのである。発表は8月の登校日にあり、本人からの挨拶もあったという。全ては、その頃休みをとって、最北端の島へ渡っていた自分の不徳の致すところであった。

Yと自分は同期の奉職で、誕生日も1日違いの同年齢、大学卒業から1クッションあっての就職も同じであった。彼は英語科で特進クラスを率いるようになって実績を上げ、若くして幹部職になった。その後も、進学推進路線や総合学習導入で力を発揮してきた。やっかむメンバーもいたが、僕は彼がやりたいようにやれば良いと思ってきた。唯、時にやや辣腕ぶりが目に付き、実績を上げることにとらわれすぎではないかと危惧することもあった。その実績が学校全体のものなのか、彼のものなのか、理解に苦しむこともないではなかったが、今となってはもうどうでも良い。

彼が去ったことを遅れて聞いて、一声かけたかったとつくづく寂しかった。思えばかつては「フィフィテイーズ」なる同年の会を結成し、飲み会や温泉旅行へ繰り出したものだった。その後、立場が変わってからは大部縁遠くもなったが、彼が自分の友人の一人であったことは間違いない。僕の結婚式の披露宴の司会は、Yだったのだ。

彼の決断に何が影響したかは定かでない。口の悪い者は「ここを見限った」とも言うが、僕は彼の胸中を唯おもんばかりたい。そして、「ご苦労様」と言おう。そして、新天地での活躍を今は祈るばかりだ。
posted by sotoyan at 23:30| Comment(4) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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