2007年08月30日

ここ壱番の美味さ

人助けの重い交渉を終えて先程帰宅したのだが、駅前で久々にうれしい灯りを見た。それは、暫く閉店していたカレーのチェーン店のそれであった。夕食を食べ損ねていたので、帰りに牛丼でもと考えていたが、この灯りで一気にカレーにチェンジとあいなった。

「そうかあ、リニューアルだったのか。心配かけおって・・」などと胸の中でつぶやきながら店内に入る。テーブル席もカウンターの造りも前とあまり変わっていないが、どことなく小綺麗になった感じだ。

メニューを見て、夏野菜カレー玉子サラダ&缶ビールを即座に注文していた。ここでは良くシーフードカレーを食べているのだが、今夜はこれに決まりだ。チキンとオクラとプチトマトに茄子が程よくミックスされていて、実に美味いexclamation×2。本当にご無沙汰だったなあ、この味。

ボンカレー、銀座カリー、ククレカレー、バーモントカレー、キーマカレー、インドカレー、グリーンカレー、いろいろなカレーを食べてきたが、今夜の味はまた格別だ。思うに任せぬ交渉事も、いつかは好転し出すだろう。少しづつ空腹が満たされ始めると、自然にそんな風に思えてきたわーい(嬉しい顔)。夏の終わりの、涼しい夜のことだった。
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2007年08月28日

マツシロ


chikagou.jpgこれは単なる洞窟ではない。太平洋戦争末期、この長野県松代の地に、首都機能を移転させるべく僅か9ヶ月という短期間で突貫工事が秘密裡におこなわれた。しかも、その労働に従事したのは数多くが朝鮮人であった。そして、工事の期間を出来るだけ確保するためにアメリカの攻撃を食い止めよと指令が下されたのが、所謂沖縄本土戦というものだった。

そんなガイド氏の説明を聞きながら、ひんやりとした地下壕を500mほど歩いた。感覚的にはもっと長く、遠く感じた。メインの壕の両脇には途中で掘り止められたままの横穴がいくつもあり、ダイナマイトを仕掛けた跡や削岩機で切れ込みが入った岩があちこちに残っている。

この大きな負の遺産を僕らはどうやって引き継いでいくのだろう。これらの事実はたかだか62年前のことなのだ。そして、以来、日本は一度も戦争に加わっておらず、戦争による死者を出さなかった。これは、紛争の絶えない現代の世界にあって特筆されるべきことだ。そして、それは間違いなく憲法第9条による。


matushiro.jpg松代大本営、篠ノ井旭高校の生徒達によって一躍注目されたこの戦争遺跡を、僕たちもやはり忘れずに語り継いでいきたいものだ。そして、この工事のために命を落とした多くの方のためにも、心からご冥福をお祈りしたい。

壕から外へ出ると、そこにはまだ熱い夏の陽射しが待っていた。照り返しの強い舗装された道路をバスに向かいつつ、今宵大町温泉に泊まり、明日、八方尾根へ向かえることの幸福を思った。

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2007年08月24日

名花登場!

先日の西鎌尾根は樅沢岳手前で出会った花。何という名前か分からないが、とても美しかった。それまでも、ハクサンフウロ・イワギキョウ・チングルマといった花々に出迎えられていたのだが、この花を見たとたん登りの辛さを忘れた。

nazonohana.jpg

高山植物の女王といえばコマクサと相場は決まっているのだが、この時の僕の目には、この花が女王に見えた。いや、プリンセスといったところか。まだ、けなげで可憐な感じが何とも好ましい。○○ナデシコといった感じだろうか。全体の感じは、こんな風左斜め下

youseinohana.jpg
高嶺の花は砂礫の中に、つましく咲いている。下界に於いても、やはり、そうかもね・・。
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2007年08月23日

水の妖精

今日は朝の雨のせいか、わりと涼しく過ごしやすい1日となった。さて、僕が山から帰った日に、大きな変化があった。それは、我が家に新しい住人が増えたのだexclamation×2それは、こんなに涼しげで可愛いらしい生物だった。


kingyo.jpg実は、これ、息子の誕生日のプレゼントであった。先日の熊本の帰省時に「ネコが飼いたい」と言っていた息子だが、ネコの代わりに金魚ということになったのだ。いつもの金魚鉢かと思ったら、ママも結託して立派な水槽とゴボゴボいうポンプまで設置していた。「いつの間に〜exclamation&question」という感もしないではなかったが、僕が留守の後に何かがチェンジしているということが良くあるので、今回もそうかと納得した。

で、息子は良くこの金魚の前に座って様子を見ている。餌をやったり、ふんをとったりして結構まめに世話をしている。時にはママと2人でうっとりと見とれている様子。仕方なく、パパも「どれどれ」などと近づいてみるのだが、「水槽をたたかないでよ」などと敬遠されてしまう。僕は決して金魚君を驚かそうなんて思ってないのに・・。

まあ、この金魚君、当分は我が家のスペシャルゲストとして君臨することだろうわーい(嬉しい顔)
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2007年08月19日

山のごはん

今回の槍ヶ岳山行での、とっておきのご馳走たちを紹介しよう。これらが、今回の山旅を楽しく、美味しく支えてくれたのだ。

<笹寿司>

sasazushi.jpg上高地の売店で仕入れ、横尾で食した。梅と笹の味がマッチして美味。一口サイズが行動食としてナイスexclamation×2これとは別におにぎりも2つ仕入れたが、槍沢ロッジでなくなってしまった。

<殺生ヒュッテ夕食>

sessho.jpgシンプルながら、程よいバランス。大事に食べなければと、愛おしくなる。フルーツゼリーが泣かせる。缶ビールは500円。この日の宿泊客は20人足らずで、槍の肩でにぎわう槍ヶ岳山荘とはエライ違いである。消灯は7時、朝食は弁当にしてもらう。1泊7350円也。

<おにぎり弁当>

onigiri.jpg前述の殺生ヒュッテの弁当。真に素朴で、これ以上の弁当はない。槍ヶ岳の登頂を終え、西鎌尾根を意気揚々と進む。左俣岳手前あたりで食す。ふりかえると北鎌尾根と槍のシルエットが美しい。

<双六ラーメン>

sugoroku.jpg双六小屋での昼食は、特製ラーメン。のりが2枚というのは豪勢だ。おまけにVサインとは気が利いている。しょうゆ味ですっきりした味、ついつい缶ビールも空けてしまう。カレーを頼んでいる人もいたが、夏場の山では水分補給が不可欠。やはり、ここはラーメンが道理にかなっている。

<鏡平小屋夕食>

kagamidaira.jpg本来なら笠ヶ岳までいくはずだったが、少々日和った挙げ句、弓折岳手前から鏡平小屋へ下る。実に豪勢な夕食で、食堂にはCDでクラッシック音楽が流れている。ご飯と味噌汁は1カ所でセルフサービスとなる。誘惑に負けて生ビール(800円)を頼んでしまう。消灯は8時、1泊8300円ほどか。どこぞのツアー客が20名単位で2口も入っているのには驚く。お陰でこちらは別館になる。つまりは、笠新道より小池新道が登路に選ばれているということらしい。

<わさび平小屋の野菜たち>

wasabidaira.jpg無事、小池新道を下り、わさび平小屋で一休み。何とフレッシュなトマトにきゅうり、りんごやみかんバナナも桶の中で美味そうに泳いでいる。たまらず、トマトをほおばる。勿論、缶ビールも忘れない。しかし、ここから新穂高温泉までが結構のアルバイトであった。

marukajiri.jpg

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2007年08月18日

天空への階(きざはし)〜新田次郎風に

午前4時半、剛は殺生ヒュッテを後にした。ルートは小屋の右上から東鎌尾根へ上がるルートをあえて選んだ。というのも、昨日の長い槍沢をそのままつめるのが面白くなかったし、むしろ、稜線に立つことで槍への強い闘志がかき立てられるような気がしたからだった。15分足らずで東鎌尾根に立つと、視界が一気に開けた。そして、黎明の中に揺るぎのない巨大な岩塊を見た。「これだ、こいつなんだ。ようし、今行くぞ」、剛は己の胸の中に漲るものを感じた。それは、アルパインクライマーを自負する彼の、真骨頂だった。


yari1.jpg5時には槍の肩に到着。ザックを置くと、槍の穂先へ取りついた。出だしは案外容易だが、途中から岩に塗られた○や↑がどんどん上に伸びていった。恐怖感はさほどないが、どことなく体の動きが未だ鈍いような気がした。また、久々の岩の感触にやや戸惑う部分もあった。その内に鉄梯子が1段、続けて大きな金釘が3本ほど連打され、更にルートは上へと伸びている。そして、頂上下部には2段の鉄梯子が登り用と下り用にそれぞれ設置されており、下から見上げていると、まるで天空への階のようにも見えてくる。


yari2.jpg実際にはこの槍の穂先を登攀しているのは剛だけではなかった。韓国人やどこぞの山岳部の学生やカラフルなヤッケに身を包んだ女性もいた。しかし、剛には殆どそれらの人々が気にならなかった。集中していると言えばそうなのだが、むしろ、槍と一体となっていくような不思議な感覚が彼を包み始めていた。

気づくと、頂上直下の梯子を攀じていた。あと少し、あと少しで、この鉄の階は終わってしまう。そう、思う間もなく、剛はかつて彼自身未到だった槍の絶頂に達したのだった。

yari3.jpg
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2007年08月13日

人という字

まだまだ陽が明るい夕刻、デジカメを持って自転車をゆっくりと走らせた。近所のグラウンドには三々五々、ジョギングする人、散歩する人の姿があった。


hito.jpgデジカメを構えつつ、気の向くままにシャッターを押していたが、芝のフィールドに映った自分の長い影に目がとまった。その時はさほど思わなかったのだが、後で見ると、なるほど、これが「人」という字の原点だなと納得できた。

それにしても、この静かで心やすい夕刻は何と表現したら良いだろう。芝を草履で踏みしめながら、至福のひとときを過ごす喜び。


suashi.jpg調子にのって、思わずこんな1枚もexclamation×2どうも、すんずれいしましたあ〜〜わーい(嬉しい顔)(カトちゃん風に)
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2007年08月12日

22年という歳月

広島・長崎の原爆の日に続いて、今日は日航ジャンボ機墜落という惨事のあった日である。思い起こすと、この事故があった夜、僕はその年に勤務した現在の職場の中1の生徒48名(2クラス)と一緒に、代々木の国際オリンピック村にいた。確か、勉強合宿を兼ねた移動教室だったと思う。

この昭和60年というのは、僕にとっても実に激動の年だった。というのも、学生から教員へと大きく立場を変えることになったからだ。1月に何とか修論を提出し、博士課程への進学を希望していた僕は、2月の中旬に突然恩師に呼び出された。恩師の言葉は今でもはっきりと覚えている。「君はドクターの試験を受けない方がいい。別の道を探しなさい」

これは、正直、ショックだった。とんでもないショックだった。しかし、これで目が覚めた。当時、母親の病院の世話や自営の店の手伝いをしていた僕は、モラトリアム的に就職の決断を先延ばしにしてきたのだった。勿論、そのことで親父とも口論の挙げ句、口もきかなくなっていたという有様だった。

恩師がそのことを見抜いていたかどうかは定かでないが、結局、その日の内に現在勤務しているY高校への就職が決まった。そして、その年に暫くの休校から再開された中学部の担当になったのだった。面接に行ったときはまだ校舎を建築していたのだから驚いた。加えて、1期生は24名の2クラス、2期生は22名の1クラス。驚くほどの少人数で、この新しい中学校はスタートした。そして、僕も含めて10名足らずのメンバーが日々新しい歴史を創っていったのだった。

毎年、この日航ジャンボ機の事件がニュースで報道される頃になると、こういったことを思い起こす。そして、今もなお、その延長上を細細と歩んでいる自分がいるのである。
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2007年08月11日

涼を求めて!

いやあ〜、暑いexclamation×2ふらふら暑すぎる。特に、夜、クーラーを消してしまうと眠れなくなってしまう。こうなったら、また、山岳方面へ行くしかないが、その前にちょっとだけネット上で涼を味わっておこうか。

これは、まだ梅雨明け前に行った山梨の西沢渓谷。雨の後で水量も多く、ちょうど撮影地点は右岸がオーバーハング気味にかぶっており、ちょっとした洞窟のようになっている。正しく、渓谷の奔流が岸壁をうがって出来たものなのだ。

今の暑さなら、思い切ってこの流れに飛び込みたい気もするのだが、やはり危険だろうなあ・・。



posted by sotoyan at 12:55| Comment(5) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月08日

この朝陽を見せたかった!

choujouchokka.jpg下界の猛暑から逃れるためではないが、北八ヶ岳へ行ってきた。メンバーは職場の仲間と小学生軍団である。軍団といっても、息子と息子の友人、そして僕の従姉の娘という実にファミリー的な可愛い軍団なのだ。北八ヶ岳の最高峰である北横岳(2473m)に全員で登頂できたし、麦草ヒュッテに泊まった翌日は、白駒池〜高見石〜賽の河原を最後まで踏破したのには正直言って大変感心した。どこぞの前首相ではないが、「よくやった、感動したexclamation×2」という所である。


yoakenouta.jpgところで、今回、子ども達に是非見せたかったのが、この麦草ヒュッテ3Fの大部屋から見えるご来光であった。部屋に居ながらにして見ることが出来る、大変贅沢な自然の贈物だ。熟睡していた彼らを窓際に呼び寄せて、一緒に神々しい朝陽を見たのであった。


shirokomaikehukan.jpg北八ヶ岳独特の苔むす深い森、美しい池、そして巨岩の山頂などと共に、この朝陽が子ども達の胸に残ってくれればうれしい。

takamiishideasobu.jpg
もっとも、麦草ヒュッテの小屋番のお姉さんに「何が一番楽しかったの」と訊かれて「お風呂exclamation×2」などと答えていた彼らではあったが・・わーい(嬉しい顔)
posted by sotoyan at 06:24| Comment(6) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月04日

Angel Path

昨日から阿蘇へ来ている。台風5号をやり過ごし、レンタカーで向かったのだった。今回はファミリー・ツアーで、早い話が女房の実家への帰省である。義弟ファミリーと義父・義母も一緒なので、なかなか賑やかだ。普段は3人だが、束の間、こういう大家族での行動は何とも楽しい。


ehonbijutukan.jpgさて、阿蘇の外輪をめぐりながら、炉端焼きの昼食をとったり、お義母さんオススメの葉祥明(ようしょうめい)さんの絵本美術館に寄ったりした。この美術館はひっそりとたたずむペンション風だが、実は、内部の展示室よりも庭に広がる「天使の小径」が素晴らしいexclamation×2ちょうどよい具合に草が刈ってあって、散策の小径が続き、その所々に葉さんの絵本が広げられている。


komichi.jpgレンタカーで暫し閉じこめられてたせいか、子供たちも思い思いに歓声を上げては走り回っている。ついつい、僕も走り出してしまった。草の小径の背景は、勿論阿蘇の山々である。何とも、雄大にして可愛らしい小径と絵本のコラボレーションに感心した。


angelpass.jpgジェイクという名の子犬(黒い両耳が垂れた、白い犬)が葉さんの作品の主人公だが、まるで、そのジェイクが小径の向こうから僕たちを呼んでいるかのようで、いつまでも走り続けたいような気分になるのだった。
posted by sotoyan at 03:26| Comment(8) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月02日

台風5号北上中!

台風台風5号とほぼ同時に、九州は熊本へやって来た。飛行機も欠航が危ぶまれたが、何とか無事に到着した。しかし、バスで熊本駅に着く頃には風雨が増し、駅前のホテルまでの数分間で折りたたみ傘は壊滅してしまった。


ameyakei.jpgホテル10Fの部屋の窓からは、こんな夜景が広がっている。パチパチと雨が窓に弾け、時折、風が唸りをあげている。さて、明日は阿蘇方面へ向かう予定だが、大丈夫だろうか・・。

ps、こんな光も現れたexclamation×2

ameyakeinami.jpg

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